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明るく・前向きに
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マルと申します。
日々のことを綴りたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

   夫 ベーチェット病               私  糖尿病(食事で薬なし)
      高血圧(食事で薬なし)             脂質異常症          
      副鼻腔炎               甲状腺機能低下症
      蕁麻疹                       精神科通院中                      
      花粉症
      帯状疱疹(痛みが残っている)

   
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荒れてます

2019/05/24 23:57
今朝は3時過ぎに目が覚めて 5時間くらい眠れたから 充分とは言えないだろうけど 最低限の眠りはできたと思う。でも昨日が全然寝不足だったからね。

今晩は寝入って10分くらいで目が覚めてしまった。


トサンが「そういう目で見ているから」と言ったことあったけど 何のことに対して そういう風に言ったか忘れたけど 私のことにも当てはまってたのよね。

頭からそういう目で見てるから そういう考えしか浮かんでこない。

市役所の担当者も包括センターの人も 頭から私をそういう目で見ていたから そういう考えしかなかった。自分たちのやってきたことは正当化しているわけだから それに何の疑問も抱いていなかった。

例えば 包括センターの人が家に来て 「家がきれいに掃除されすぎている」みたいなこと言われた。若い頃は掃除ができなくて散々怒られた。掃除しなきゃ怒られるし、掃除をすると批判される。

『掃除をしすぎているから頭が変になってるんだ』みたいに思われているような感じがして そんな質問もされたような気がするけど 「冷蔵庫の中は何年も掃除していないし、タンスの中はシッチャカメッチャカ」と言ったら 包括センターの人 笑ってたけど 私への偏見が消えることはなかった。

家事をして 気持ちが落ち着くってこともあるのよ。

「パニックになりそうになった時 普段やってることをすると 気持ちが落ち着く」 とどこかで読んだような気がする。

現に昨日 寝不足だったけど 埃取りの掃除をして その後 うたた寝 できたじゃない。

包括センターの人に「こんなに気を遣う人は初めて見た」と言われたけど 私はいい様に利用されただけだった。
いい様に利用されて 私の精神状態までおかしくなった。

「入院する」「入院する」と騒いだ。包括センターの人は 電話口で 笑いながら「それもありね」と言った。

トサンが「頑張れ。頑張れ」と言った。トサンにそう言われて 『もう頑張れない』と思ったけど 耐えてよかった。だから今の暮らしがある。

「化粧ぐらいすれば」みたいなことも言われた。若い頃は「化粧しすぎ」と怒られた。

いちいち、他人の言うこと聞いてられないわ。

化粧だってすれば 年間10万円位 かかるだろうし、10万円て うちにとっては 大きなお金。どうせ半ひきこもりの生活だし 化粧必要ないでしょ。
眉は描くけど。

どこにお金を使うか その家庭によって違うでしょ。旅行が趣味の夫婦だったら 普段は質素な暮らしをしているかもしれない。

いちいち、うちの生活スタイルに 口出さないで欲しいわ。

包括センターの人に来てもらって 話を聞いてもらって 何のいいこともなかった。批判されて いい様に利用されただけだった。精神状態までおかしくなった。

これからは又新たな気持ちで お世話になるかもしれないけど。
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意識を他へ

2019/05/23 11:10
今朝0時半に目が覚めてしまった。それから眠れなかった。

以前は 睡眠時間が少ないと 慌てていたけど
『なんか 眠れないことにも慣れたわ』
と思った。

2時半頃 紫陽花の蕾の写真をブログで公開した。

7時頃 トサンが2階から降りてきて 普通に
「おはよう」
「おはよう」
と交わす。

冷蔵庫にある 茹で卵 と チーズ を食べて ビタミンC と 甲状腺機能低下症のお薬のチラーヂン を飲んで 私の朝食はそれで終わり。

トサンは 魚の煮つけ が好きだからいつも作って冷蔵庫に入れておく。生野菜も食べやすく切って冷蔵庫に入れておく。

それだけ しておいて あげれば トサンは自分で それらを冷蔵庫から出して 電子レンジでチンすればいいものはチンする。

トサンは退職したては チン もできなかった。使い方を教えてあげた。親切心で教えても トサンは怒る人なので、教えるのも たいへんだった。(教えてもらうのが 男の沽券に係わるのかな?)

それから私がゴミ出しの準備をして トサンがゴミを捨てに行ってくれた。

寝不足でも どうっていうことはない。
ただ 頭がボーっとしていて 体が怠いだけ。

それでも ハンディワイパーで 家じゅうの 埃取り の掃除をした。

それから私は少し うたた寝 できた。

トサンは散歩へ。

昨日の夕方 隣の奥さんが雨戸を閉める音で 眠れなくなっていた。

そんなこと いちいち 気にしても しょうがないのにね。

意識を他へ持っていくといいのよ。

私は今散歩をやめている・・・。隣を刺激したくない・・・。
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紫陽花の蕾

2019/05/23 02:32
庭の花です。

アジサイが蕾をつけました。

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庭のことはトサンがやってくれます。

私は たまに 草取りをするぐらいでしょうか。


バラです。

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しどろもどろ

2019/05/22 12:16
トサンの膠原病内科受診だった。


3月までは内科で診てもらっていた。

トサンは日常会話は普通にできるのだけれど、先生との話となると緊張するのか 内科では しどろもどろ だった。

『助けて』のサインを私に出したりしていた。

診察が終わってからトサンに「合図しなくても大丈夫よ。先生の話はちゃんと聞いてるから」と言ったりした。

内科で無理に診てもらっていた。以前は膠原病の先生がいなかったのかな?

20年診てもらった。

たいへんお世話になった。


4月から膠原病の先生が常勤になったので、膠原病内科で診てもらうことになった。

『プレドニンの減薬を 又 先生に お願いしていかなくちゃいけないのかな』と思って気が重かったのだけれど 先生のほうから「減薬して行きましょうね」と言ってくださったので とても安心した。

『先生の質問に私が答えなきゃ トサンじゃ 又 しどろもどろ になるかしら』と心配したけど 受診を待っている間に 先生にお話しすることを トサンと話し合ったので トサンも先生の質問に 割合スムーズに答えられたようだ。

先生の質問に「う〜ん」と言ってなかなか答えられないものもあった。

診察が終わってから トサンに 症状のことをよく聞いて 様子が分かったので 次回の診察の時に 先生にお話ししようと思う。

去年の2月 トサンが帯状疱疹になってから トサンの受診に付き添うようになった。

トサン一人での受診は こころもとない ので 付き添うことが必要だと感じている。トサンもそのほうが安心するようだ。

トサンの受診に付き添うようになってから トサンとの関係も 良くなった と感じている。それまでは 喧嘩 ばっかりだったけど。

なんで あんなに 喧嘩ばかりしてたのかなあ。『俺のほうを見てくれ』という トサンの心の声だったのかなあ。
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具合が悪かった理由

2019/05/21 07:10
体の具合は一時的に回復したものの 昨日の午前中は又頭がカオス状態になっていた。


10日ぐらい前 散歩へ出た時 スーパーのレジ袋を持った隣の旦那とすれ違った。

旦那はクシャッとした すごく嫌な顔をしていた。

それからだった。私の具合が悪くなったのは。

もう隣のことは書かない、と思っていた。吐露しないことが 私の具合をさらに悪くさせていた。

散歩から帰ると 隣の駐車場に旦那の車はなかった 。『又夫婦二人で私を腐す話をして 出かけたのだろう』と思った。

隣の旦那も奥さんも 私を見るだけで 私から エネルギーを吸い取る。それでいて私を腐す。

もう20年くらい 隣の夫婦が私を腐す歴史が続いているから 今更それをどうすることもできない。

今までは ヘルパーも民生委員も市役所も それに乗っかってた。

『今は ヘルパーや市役所は それに 乗っかってない』と思う。

隣の夫婦は私を利用するだけ利用してきた。

人の機会を利用する人は この世にいるらしい。
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撫子

2019/05/20 15:27
庭に咲いた花です。

こちらは ナデシコ でしょうか。

根腐れもせず 冬を越したそうです。

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こちらは ナデシコ ですね。

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キュウリの実

2019/05/19 18:03
キュウリが小さな実をつけました。

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苺も 少しですが 収穫できました。

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SIM の 容量

2019/05/19 07:40
うちのインターネット回線はADSLで 電話局が近いので 速いので 特に不満はないのだけど(安いし月額2千円くらい) 以前は wifi にしていたのだけれど、サイトに行くと バンバンバンと音が出て その音がだんだん大きくなって しまいにはパソコンが壊れた。

色んなところへ 問い合わせたけど 原因が分からず(wifi の機器が古くて安いものだからか)それから有線に戻した。

タブレットも その wifi で繋いでいたのだけれど SIM に変えた。3GBで月額700円の 一番安い のに入っているのだけれど 容量が足りない。

動画とか一時保存できる youtube premium というのがあるらしく 調べてみたら 48時間しか保存できないと記載がある。

48時間では私には意味ない。

SIMの容量を増やすより しょうがないのかな。
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体が硬い

2019/05/19 07:12
今朝は4時に目が覚めた。

5時間眠れたと思う。

昨日は3時に目が覚めた。

以前は7時までも8時までも良く眠れていた。

体も柔らかくて良い気持ちで目が覚めた。

今は 体が硬い。

眠れて眠れてしょうがない人が羨ましい。


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キュウリ

2019/05/18 06:58
キュウリが黄色い花をつけました。



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実は・・・

2019/05/16 16:36
実は最近体の具合が悪かった。

ブログは下書きしたものをアップしていた。
下書きはあまり書かないようにしようかなあ。
下書きが状況の変化に追い付かないから。

隣との隣人トラブルに端を発し、
市役所とのトラブル、保健所とのトラブルに発展し、緊張状態が続き、
睡眠不足も続いて、体の具合が悪くなったのだと思う。

体の疲労が半端ないので 持病の甲状腺機能低下症が悪化したのかしらと思って、内科を受診したら、血液検査数値に問題はなかったので、とても安心した。


私は、市役所とのトラブルや保健所とのトラブルは解消した、と思っている。

できれば 今回の件を 良い 教訓にしていただきたい と思う。
国の力を入れるときに ザックリとではなく もっときめ細かに そこにどんな問題が隠れているかまで 配慮していただきたい。

私の問いに 担当者は 「ニーズがあるから」 と言っただけだった。 当事者のニーズにだけ耳を傾けるのではなく、周りの状況まで把握して欲しい。「木を見て森を見ず」という言葉もあるじゃないですか。


私の言葉が届くのかどうか 私には分からないけれど

私たちは ただ 平穏で穏やかな 生活が送れれば それでよい、と思っているだけである。



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芍薬

2019/05/15 15:51
庭の花たちです。

シャクヤクです。

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バラです。

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トサンが種から育てたルピナスです。

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気持ちのコントロールで解決できないこともある

2019/05/14 15:58
前記事で トサンとの 気持ちのコントロール のことを書いたけど、どんなに気持ちをコントロールしても、解決できない問題がある。そのような問題に直面した時、うちは夫婦げんかになる。壮大な夫婦げんかになる。収拾がつかないような夫婦げんかになる。


体の負担を減らすために、トサンは断酒した。だから以前ほど、とんでもないことにはならないけど、それでも相当とんでもないことになる。


お酒を飲んでいたころ、喧嘩になった時、トサンの言葉や行動に、とても恐ろしいものを感じた。「さあ、殺せよ!殺せよ!殺してみろよ!」と言って、体を大きく揺らして私に迫った。私を殴りはしない。私に触れもしない。でも、その言葉と行動に、とんでもなく恐ろしいものを感じた。どうにも収拾がつかなかった。


私はその晩は、カウンセラーに電話して、収拾して、なんとか眠れた。それは、隣へのヘルパー派遣が毎日になった時のことだった・・・。


それから状況も変わった。


私は、新たな気持ちで生活して行きたいなあ、と思う。トサンとの関係も落ち着いているし、このまま穏やかな暮らしが続けばいいなあ、と思う。


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気持ちのコントロール

2019/05/13 15:51
以前トサンと喧嘩したとき
「私はこんなに気持ちをコントロールしているのに」
と言ったら、トサンも
「俺だって、気持ちをコントロールして、コントロールして・・・」
と言った。


トサンは気持ちをコントロールして、相手に不快な思いをさせないように努力する人だ。トサンが気持ちをコントロールするので、私も気持ちをコントロールするように、なっていった。


ある時、トサンが不機嫌な顔をしているので、その理由を聞いた。トサンは色んなことを我慢してしまう人で、なかなか口に出して言わない。体に症状が出ても、すぐには言わない人だ。だからトサンが身体的に具合が悪いにしろ、精神的に気に食わないことがあって不愉快な思いをしているにしろ、それをトサンの表情から読み取って、トサンに聞くようにしていた。


トサンはそれを嫌がる。その時も「俺の表情を、いちいち、うかがうな!」と怒った。「ほっといてくれ」と。「俺が不機嫌な表情をしていたら『ああ今は機嫌が悪いんだなあ』と思っといてくれよ!そうじゃないの!」と言った。


それでトサンと色々言い合って、トサンが不機嫌な理由も分かって(理由が何だったかは忘れた)一件落着となった。


トサンは怒りを溜め込んで爆発する人だから、その都度その都度、不満を解消して、心身ともに快適でいてもらいたいのだ。ベーチェット病は気楽に過ごすことが一番の薬のようだから。


そんな喧嘩をしてから、トサンが不機嫌な顔をしていても『ああ今は機嫌が悪いんだなあ』と落ち着いた気持ちでいられる時もあるようになった。




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お昼の会話

2019/05/11 12:34
トサンとの昼食時の会話。


「私が歩けるようになって、散歩に行くようになった時、あなた『目線を上げろ』と言ったわよね」

「うん」

「最近、目線が上がったのよ」

「下を向いて歩くと危ないんだよ。車とか」

「そうそう。車にぶつかりそうになったわ」

「そうだろ?」

「下ばっかり向いて歩いてた。自分の靴とか、道とか、ばっかり見て」

「うん」

「目線が上がると、気持ちまで上向くわね」

「うん」

「下ばかり向いて、暗い気持ちでいると、考えまで暗くなってくる」

「そうだよ。気分次第でな」
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


野菜の苗

2019/05/09 11:31
トサンが植えた野菜の苗たちです。

今年は どれくらい 収穫できるでしょうか。



ゴーヤの苗
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キュウリの苗
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ナスの苗
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ピーマンの苗
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トマトの苗
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弱音

2019/05/06 10:31
昨夜は あまり 眠れなかった・・・。

時には弱音も吐きたい。愚痴も言いたい。

トサンに物事を相談すると
以前は、最後は私への説教になって終わる、というパターンだった。

今でも、私の言葉を受け止めてくれない。
聞いてくれるだけでいい、と思っても
途中からは、私がトサンの話を聞いてトサンのことを理解する、
というパターンになってしまう。

頑張ってきたのよねえ、私。

と言うと トサンは、俺だってどんなに苦労して頑張ってきたことか、となって、トサンの苦労話を聞く羽目になる。

ああ。


それでも、トサンが私の先生だった。

トサンの言うことを忠実に守ってきた。
守らない部分もあったけど。

トサンには、私に対する 絶対命令 がいくつかあった。

その一つに

人の悪口は絶対言うな!

それは私は絶対守ってきた。

隣の悪口を言えないのは、とても辛かった。


でも、今になってみると、人の悪口を言わないで暮らすのは、とても気持ちが穏やかだで、爽やかな気分でいられる効果もある。

今は、少しは人の悪口も言って良いことになったけれど・・・。
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食生活がシンプルに

2019/05/04 07:18
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いつの頃からか、内科の先生に勧められて、糖尿病のカロリー制限食の指導を一回だけ受けて食事療法を始めた。 当時使用されていたJDS値で6%だったと思うが、記憶が定かではない。


カロリー制限食を生真面目にやっていたつもりだったが、どこか考えが甘かったのだと思う。「南瓜などを摂った時はご飯を控えるように」と確か指導があったと思うが、ご飯を減らさなかった。現在使用されている国際標準値のA1cが6.7%になり、糖尿病の薬が処方された。しばらく飲んでいたが、私は糖尿病の薬を飲みたくなかった。


2012年にネットで糖質制限なるものを知り、我流で始めた。もちろん薬を断って始めた。3か月後にはA1cが6.1になった。その2か月後には5.7になった。

でも我流で始めたので、糖質制限を始めた時に陥りやすい状態になっていた。今までの食事から炭水化物を少なくしただけの食生活になっていた。体に力が入らず、ヘロヘロだった。


それでもカロリー制限食時に、脳に刷り込まれた知識は、なかなか払拭できなかった。卵は控えめに。油は少し。肉は体に悪い。などの思い込みが私の体に染みついていて、なかなかそれから抜け出すことができなかった。


カロリー制限食をしていた頃は、卵は白身だけ食べて黄身を捨てたり、鶏肉の皮は剥いで捨てていた。バラ肉を買うことはなかったし、肉の脂身のところも捨てていた。魚の切り身は背のほうを買うようにしていた。


そんな習慣から、なかなか頭を切り替えられないでいた。

そんなとき知ったのが、渡辺信幸先生のMEC食だった。2014年に先生の御本「日本人だからこそご飯を食べるな」と「噛むだけダイエット」を拝読した。それは物凄い衝撃だった。私の頭に革命が起きた。それから渡辺先生の御本が刊行されるたびに拝読させていただいた。肉・卵・チーズを積極的に摂れるようになった。


MEC食をしている方で、糖質制限食を厳しく批判している方がいて、私は個人的にはその方のことを好きで、その方のブログも良く読ませていただいていたのだが、MEC食をなさっている方々は「MEC党」と名乗っておられて、私はMEC党の方に敬意を払って、自分が「MEC食をしています」とは言わないことにしている。私は魚も食べるし、糖質制限食をしているからである。



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糖質制限食をしている人を「糖質セイゲニスト」と呼ぶらしいのだが、それも私が果たして糖質セイゲニストであるのかどうか自信がない。


江部先生の御著書も何冊も拝読させていただいているけれど、私は多分真面目に読んでいないし、江部先生の推奨される食事が果たして できているのかどうか自信がない。なぜなら、納豆を食べない。味噌汁を飲まない。海藻をあまり食べない。キノコも種々食べない。野菜も多種類を食べない。なので糖質セイゲニストであると胸を張って言えない。


今は脂質も怖がらずに摂れるようになったし、炭水化物はほとんど全く摂っていない。大豆粉パンやふすまパンをホームベーカリーで作っていた時もあったけど、今はそのようなものも、全く食べなくなった。

食事がシンプルになった。ご飯のおかずとして作っているわけではないので薄味になった。薄味になったので、素材の味が良く分かるようになり、甘みを感じるようになった。野菜も甘い。肉も甘い。

砂糖はラカントで。砂糖と同じ甘さなので砂糖と同じように使える。粉末状と液状とあり、料理によって使い分けている。

まだまだ勉強して行かなくてはいけない、と思うけど、まだ間違っているところがあるかもしれない、と思うけど、今のところ、今の食生活を続けて行こう、と思っている。



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不覚

2019/04/28 17:12
散歩に出るときに、ポスターはくるりと避けたのだが、不覚にも、隣の駐車場に見慣れぬ車があるのを、ばっちりと見てしまった。

『旦那の車が車検か?』
『この連休に、そんなことはあるまい』
『ヘルパーか?日曜日なのに』

ヘルパーにしても、地域の人にしても、その車に圧力と圧迫感を感じた。
散歩の間中、気になって、あまり気分転換できなかった。


最近は、4時間眠れたり、5時間眠れる時もあったり、でも中途覚醒がなくなっていたので、それで良いかな、と思っていた。昨夜は4時間眠れて、今朝がた、又ひと眠りできたので、ようやく睡眠不足を解消できたかな、と思っていたところだった。

又、眠れなくなるのか・・・。


トサンに言ったら「ヘルパーじゃないだろう」と言ったけど・・・。

地域の人だったのかなあ。



隣は色んな権力を笠に着る人たちだった。
私は、それに長い間苦しんできた。


こうして書くことで、一つ一つ、病から立ち直れたらいいなあ、と思う。



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牡丹 咲き乱れる・・・

2019/04/26 11:32
トサンが育てた牡丹が咲き乱れました。

今日は雨で もう 花の盛りは 終えましたけど・・・。

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かわす

2019/04/24 06:14
昨朝も今朝も3時に目が覚めた。中途覚醒もあり、睡眠不足・・・。


この間 総合スーパーに行こうと家を出たら、 隣から奥さんの大きな声が聞こえた。男の人の声も聞こえたような気がしたが私の気のせいか、と思ったが、やはり誰かが来ていたようだ。


総合スーパーに行った翌日、隣の門に宗教団体のポスターがあるのに気が付いた。

トサンが「昨日からあったよ」と言った。総合スーパーから帰ってきたら、あったそうだ。

「自己主張だよ」とトサンが言った。「自己主張だよね」と私も言った。

それから眠ることに集中して、2〜3日は何とか眠れていた。

日が経つに連れ、隣のポスターが、気になった。今朝は3時に目が覚めた時、もう頭の中に隣のポスターがあった。

16年も苦しんできたからね。以前はヘルパーが来るたびに、門にタオルがかかっていた。それに苦しんだ。

『結局同じことじゃない。また後に逆戻り。昔と同じ状態』と思えた。『また私が寝込むのか・・・』と思ったりした。


でも、躱す(かわす)ことを覚えなくちゃな、と思った。隣の自己主張を受け止めるのではなく、隣の自己主張に攻撃し返すことではなく、躱す・・・。

出かけるときは、いつもポスターが見えてしまうので、無視することもできないのだが、何とか見ないようにして。うっかりすると見えてしまうので、気をつけて見ないようにして。躱す。

そりゃあ16年も隣のことで傷ついて悩んできたので、今更『気にしないで』なんて思っても無理だけど。

躱す・・・。ヒラリヒラリと躱す。
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牡丹

2019/04/21 08:53
トサンが育てた牡丹の花が咲きました。

赤い牡丹は 20年 育てているそうです。

咲かなかった年もあったそうです。

今年は見事に たくさん 咲きました。

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心の作業

2019/04/18 17:13
総合スーパーへ行こうと9時半過ぎに家を出た。隣から奥さんの大きい声が聞こえてきた。男の人の声も聞こえたような気がした。

『旦那が休みかあ』
隣の駐車場に旦那の車はなかった。
『男の人の声が聞こえたと思ったのは気のせいだったのかあ』

バス停への道すがらのトサンとの会話。
「隣の奥さんの声が聞こえたよ。ヘルパーが来ているんだね」
「そんなことないと思うよ」
「ヘルパーが来てるのよ」
「な訳ないじゃん!」
「でも、気にしないわ」
「気にしてんじゃん!そうやってえ」
「あなたが『気にしてる』と言うから気になってくるわ」
「いつも、そう言うじゃん!」
「『気にしてないわ』と言ったら『あそうか』と流してほしいのに」


「ああ花がいっぱい咲いてる。きれいだなあ。あの花もこの花も」
トサンがそんなこと言ったけど、頭に全然入らなかった・・・。

バス停に着いた。
「二人で隣のことを話し合えないと うちはやってけないよ」と私が言ったら トサンは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

私は『こんな不機嫌な気持ちじゃ、総合スーパーに行っても、ちっとも楽しくないわ』と思った。
「明日にしようか?」と私は言った。トサンも「うん」と頷いた。

帰り道 私は『一旦 (身を)引くことも大事』と思った。

家に着いた。隣から話し声は聞こえなかった。

「隣の奥さん、電話してたのかもね。次のバスで行こうか」と私は言った。
「次は何分だ」とトサン。
「25分」と私。

私は庭の縁台に腰かけて庭の花を眺めていた。
花々に日差しが注いで明るく光っている。
『ああ、このまま今日はゆっくりしていたいなあ。総合スーパーには行きたくないなあ』と思った。
しばらく花を眺めていたら
『今日行ってもいいかな』と思えてきた。

「じゃあ、そろそろ行くか」とトサンが声をかけた。
「うん」と私は頷いて、縁台から腰を上げた。



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コレステロール値

2019/04/12 13:04
今回のコレステロール値は

中性脂肪   34
HDL      101
LDL      114

だった。三日に一回 ゼチーアを半錠 飲んでの検査結果だ。


三か月前まで 二日に一回 ゼチーアを半錠 飲んでいた。
三か月前の結果は

中性脂肪   46
HDL      99
LDL      110

だった。


ゼチーアを飲まないで 検査数値が どれくらいになるのか 知りたい。


二年前 ゼチーアを飲まないでの検査結果は

中性脂肪   76
HDL       106
LDL       304

だった。

江部先生は 「中性脂肪が 80以下で、HDLコレステロールが高ければ、問題ない」 と おっしゃってたと思うが、 最近は「中性脂肪が60以下で、HDLコレステロールが高ければ、問題ない」とおっしゃってる。 私の中性脂肪の検査数値が改善されていれば コレステロールの薬は飲まなくてもいいのかなあ・・・。


でも私は糖尿病になる前から、コレステロールの薬を飲んでいた。お医者様に勧められるままに十年以上飲んでいた。リピトールを飲んでいた。江部先生のブログで「糖質制限食をしている場合はゼチーアが良く効く」ということを知り、ゼチーアにかえてもらった。


リピトールを飲み始めた時のコレステロール値が 、どれくらいだったのか、そのころは気にもしなかったし、覚えてもいない。先生に勧められるままに薬を飲んでいただけだから。その頃は糖質制限食もしていなかった。


とにかく、ゼチーアを飲むのをやめてみよう。次回の検査結果を待とう、と思う。



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夫の血圧の薬が断薬できた

2019/04/07 09:42
トサンの内科受診に1年あまり付き添ってきた。
とても たいへんだったし とても疲れた。
でも付き添った甲斐があった。

トサンの血圧の薬が先月からなくなった。

本当に良かった。

レザルタスHD錠

オルメサルタン20mg

オルメサルタン10mg

断薬

と なった。

本当に 本当に 良かった。

血圧も落ち着いている。

家庭での血圧は 122/68。

断薬できた理由は、トサンが退職して落ち着いた暮らしができるようになったからか(時々喧嘩はするけど) それとも 糖質制限食のお陰か、多分その両方のお陰だと思うけど。

夏に向かう季節は気温がだんだん高くなるので、 血管が拡張するから血圧が下がるそうだ。これからの季節は ひとまず 安心だわね。




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不器用な二人

2019/04/02 10:34
散歩から帰ると 隣からヘルパーが出てきて 私を見て含み笑いをしていた。又隣の奥さんが私の悪口を言って 二人で私のことを笑ったのだろう。

気にしないで 夕食の支度をし 楽しく食べた。でも夜になると辛くなった。寝入れたけど1時17分に目が覚めた。私は弱気になっていた。それから眠れなかった。糖質制限チョコレートをたくさん食べて 3時か4時には寝入れたのだろうか。でも何度も目が覚めて 朝起きた時には熟睡感はなかった。でも強気になれていた。「負けない」

保健所の保健師さんが「年を取ると 我が出てくる」と言っていた。私が変質していく。思いやりのない人になっていく。


話は変わるけど
トサンも不器用な人だったんだなあ、と思う。

結婚当初 トサンが優しい言葉をかけてくれたので 私がルンルン気分でいると トサンが突然「おまえはそれでいいかもしれないけど、俺は はらわた 煮えくり返っているんだ!」と言われてハッとしたことがある。

それはそうでしょ。朝11時頃にしか起きない奥さんだったから。トサンは朝食を作るでもなく、食料品を買いに行くでもなく、じっと座ってテレビを見ながら 私が起きるのを待っていたのだから。それで11時頃起きて 明るい声で「どこかへ行きましょ」と言われても 待ちくたびれて ふてくされている トサンには どこへ行く 気分でもなかったでしょ。どこへも連れて行ってくれなかった。外食へも連れて行ってくれなかった。行くのはトサンの実家へだけ。それも何日も泊まり込み。どんなに気を遣って疲れたことか。

私が泣きそうな顔でコンビニへ弁当を買いに行こうとすると トサンは「そんな顔して行くな!」と言った。でもトサンが行ってくれるわけでもない。私は押し切って 泣きそうな顔で コンビニへ弁当を買いに行った。


トサンはね とにかく不器用な人だったのだと思う。

入社して 何回も泣いたそうだ。人間関係がうまくいかなかったのだろう。トサンは「俺は はらわた 煮えくり返っていても 人に『よろしくお願いします』と言ってきた」と言っていた。そうしなければ会社の仕事が回って行かなかったのだろう。大勢の人が働いていたのだからね。今はそんな(馬鹿な)苦労をする人はいないかもしれないけど 当時トサンはそのようにしなければ 会社人間として生きられなかったのだろう。

トサンとの結婚生活で何も楽しい思い出はない。喧嘩ばかりだった。喧嘩の主な原因は 私が朝早く起きられないこと。喧嘩して 私はメニエール病を発症し病院通いをしていた。

でも底には トサンとの愛の絆があった。いつもトサンがそばにいてくれた。それが私たちの歴史。それが不器用な私たち二人の結婚生活だった。


そして 私の心の中には いつも 私の大切な人が もう一人いた。




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夫の主治医が新しい先生に

2019/04/01 15:59
今までトサンは内科の先生に診てもらっていたのだが
今年度から膠原病の先生が常勤になるとのことで
そちらで診てもらうことになった。

先月はトサンの最後の内科受診だった。
最後に
「長い間 たいへん ありがとうございました」
とトサンともども先生に申し上げた。
本当にお世話になった。
トサンは「20年診てもらった」と言っていた。

新しい先生が優しい先生だといいなあ。
糖質制限食に理解があるといいなあ。


トサンは平成元年頃 病気になった。
入院しても症状が悪化していくばかりなので
ステロイド剤が投与された。
診断名はつかなかった。

私は新聞記事などで『大変な病気だ』という認識があったので
とても心配したが トサンは
「心配するな!」と怒った。
トサンはすぐに治ると思っていたようだ。
薬も真面目に飲んでくれず
「飲んで」
と言うと 怒った。

皮膚科で診てもらうことになって
そこでコルヒチンが処方された。
皮膚科の先生が
「(ご主人は)ベーチェット病ですよ」
と言ったけど
私はその言葉を受け止めることができなかった。
ベーチェット病は今でこそ一般的な病名になったけど
その頃はなんだか恐ろしい病気という印象しかなかったから。

内科で診てもらうことになり 内科でも何回か入院した。
トサンはやっと自分がベーチェット病であると自覚し認定を受けた。
私はトサンが自覚するまで心配しながら辛抱強く待っていた。
発症から認定を受けるまでに 13年は経っていたと思う。



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豚肉セール

2019/03/26 17:01
昨夜も細切れに目が覚めたけど すぐに又眠れて トータルとしては長い時間眠れたので 少し熟睡感があった。

トサンと買い物から帰ると うちの駐車場をタクシーが塞いでいる。トサンが合図をするとタクシーは後退した。隣にはヘルパーの車が。今日もヘルパーとタクシーで出かけるのか。私の心に波は立たなかった。

今日はスーパーで豚肉の100g 78円(税抜き)セールをやっていたので 大量買いした。しゃぶしゃぶ用、肩ロース薄切り、バラ薄切り、生姜焼き用、とんかつ用。あまりにたくさん買ったのでトサンが笑ってた。

「たくさん買った割には金額が行かないなあ」とトサン。
「だって グラム78円だもの」と私。



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他人の荷物は背負いこまない

2019/03/19 16:03
今朝も苦しかった。けど、洗面所を掃除して 廊下と台所の床にワイパーをかけた。

苦しくてもトサンに話さないから、トサンとの関係だけは保たれてる。トサンの明るい声に救われる。


いつもの時刻に 二人で車で買い物に出かけようとした。


隣家にヘルパーが「おはようございます」と言って入っていった。

『こんなに朝早く? 又うちが出かける時刻にぶつけてきたの?』と思って私は暗い気持ちになった。

道路へ出ると タクシーの女性ドライバーが にこやかに会釈した。それで私の気持ちが持ち直した。『出かけるのかあ・・・』

買い物している間中 トサンと 明るい何気ない会話。

買い物から帰ると『隣は出かけたし、今日一日は安心して暮らせる』と思って18年間悩んできた わずらわしさから すっかり解放されたような気がして 本当に気が楽になった。『自宅にいて こんなに解放された気持ちになったのは初めてだ』と思えた。


今まで色んな所から 隣家の事情を 「理解してください」「理解してください」と言われて 私の気持ちの大きな負担になっていた。隣家には二重の問題があった。

他人の荷物は背負いこまない。

私は解放されて 本当に 安心した。


と、思ったのも束の間
私が散歩に行くときには もうヘルパーの車はなかった。
一日中出かけたのでは なかったのか・・・。

散歩している間中 辛かった。
隣がどんな工作をしようと耐える、と思った。


トサンの待つ家に帰るころには気持ちが穏やかになっていた。


隣に又別の車が。又ヘルパーが来ているのか・・・。

それなら それで いいや、と私は思った。


昨夜は4時間半しか眠れなかった。
4時間半眠れたから良かった、と思わないとね。



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余計なことを考えずに

2019/03/15 19:52
昨夜は細切れに4時間しか眠れなかった。

でも午前中 うたた寝 できたから良かった。


午後 散歩がてら ドラッグストアとスーパーで買い物して帰った。

家に着くと どっと疲れが出て 足が痛かった。

トサンが洗濯物を取り込んでくれていた。今日はとても良いお天気で洗濯物が良く乾いた。洗濯物をしまった。

しばらく休んでから夕食の支度を始めた。

午後6時のトサンの血圧は 109/69。落ち着いているね。


余計なことを考えずに

毎日を大切に過ごしていけば いいのかなあ。



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それでも 静かな穏やかな 生活が送れる日を 夢見て

2019/03/13 17:54
今日はとても具合が悪い。昨日と一昨日隣の奥さんの姿を見たからだ、と気づいた。見ただけで具合が悪くなる。それほど ひどい仕打ちを受けてきた。一昨日は散歩の帰りに見た。昨日はヘルパーとタクシーで出かけるところだった。

昨日から食事がまずい。まずく感じる。食事を作るのも やっとだ。昨夜は5時間しか眠れなかった。5時間眠れたから 良いってことか。昨夜下剤を飲んだのに お通じがない。腸の動きも止まってしまった。

トサンには 結婚生活の初めに 「俺はおまえを病気だとは思ってないからな」と言われた。私は一生懸命 健常者として 頑張ってきた。

でも実情はひどいものだった。夜眠れないから朝起きられない。11時頃にしか起きられない日々が 7〜8年続いたと思う。朝食が作れない日々は15〜6年 続いたと思う。トサンは後になって「何度 離婚しようと思ったかしれない」と言っていた。トサンには どこかに相談しようという 頭はなく 私も 訳あって不退転の気持ちでいたから 退路も断たれていたし 苦しかったけど 頑張っていこうという気持ちだけはあった。

料理も ひどいものだった。砂糖を ドボン と入れて 醤油を ドボン と入れて とても食べられるものではなかった。でもトサンは「せっかく作ってくれ たのだから」と言って 全部 食べてくれた。私はトサンから一回も「まずい」と言われたことがない。トサンは「調味料を計って入れろ」と言った。それから私はテレビを見たり新聞を切り抜いたりして 一生懸命 料理を作った。それでも あんまり おいしくなかった。

トサンに「うまいもの作れ」と言われて 『うまいものって 手の込んだものだよね』と思って あれやこれや いろんな料理を作った。一年に一回しか作らない料理も多かった。調味料をレシピ通りに計って入れて 一回目は良くできても 二回目は気が緩むのか 同じ料理は うまくできなかった。あたふたして いつも心に余裕がなかった。トサンは結婚後すぐにベーチェット病になったし、トサンの実家へ田植えの手伝いで5泊・お正月・お盆・お彼岸・等々行っていた。

トサンが退職してから あまり色々な料理を作らなくなった。魚の煮つけは計らなくても適当に砂糖と醤油を入れて うまくできるようになった。同じような料理の繰り返しだから コツを覚えていて 失敗しなくなった。

でも最近とても疲れて料理を作るのも たいへんになった。同じような料理でも いつも「おいしい。おいしい」と食べられていたのに。

それが 隣のヘルパーがしゃべるようになり、ヘルパーが毎日のように来るようになって 状況が変わった。

眠れなくなって 体調も悪くなって 料理も思うように作れない。今まで作っていたから 慣れで何とかやっている状態。忘れっぽくもなった。

生活が壊れていく。

トサンに話しても喧嘩になるだけだから話さない。トサンと喧嘩になってトサンとの関係までおかしくなったら 私に救いがなくなる。

この間喧嘩したとき「私は精神病なのよ!明日先生に行って入院するわ!」とまで言った。

あの時の喧嘩から私たちの関係はまだ回復していない。トサンも元気がない。トサンは さり気なく私の様子を見ていてくれる人だから 私の様子にも気づいているはず。でもトサンは何も言わない。普通の会話をするだけ。ただ どうしても口数が少なくなるけど。

この先どうなるのか・・・。苦しい。とても苦しい。若い頃は耐えられた苦しさも 今では耐えられそうもない。

それでも 静かな穏やかな 生活が 送れる日を 夢に見て・・・。



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精神科受診日の前の晩 トサンと喧嘩になった

2019/03/11 15:28
夕食後 トサンに「『大きな声で話さないでください』と書いた紙を隣のポストへ入れようかしら」と言ったら トサンは にこやかな顔で「好きなようにしたら」と言って 居間へ行った。

私は『苦情の紙なんか入れたら どんな悶着になるかしれない』という気持ちと『苦情も言えないのか』という気持ちの狭間でイライラしていた。

居間へ行って「やっぱり紙なんか入れない方がいいかしらね」とトサンに言ったら トサンが「俺は入れない方がいいと思うよ」と言った。
「あなた 何にも考えてくれないじゃない」
「俺はおふくろから波風立てないようにと教わったから」
「引っ越し先も見つけてくれないじゃない。何にもしてくれないじゃない」
「おまえはなあ。又なあ。(先方に)飴玉をやってなあ。どこ行ったって一緒だよ、おまえは」
「近所の人が『旦那さん無口でおとなしいから』と言ってたよ。隣の旦那みたいにビャービャー言いなさいよ。私にはビャービャー言うくせに 他人には何にも言わないじゃない。だから馬鹿にされるのよ」
「俺は馬鹿にされてもいいんだ」

その他にも色々言い合って 混沌とした病気のような空気になった。
トサンは「もう おまえの言うことは聞かない。今までは聞いてきたけど これからは聞かない」と言った。「俺は今日一晩中起きてる」と言ったので「どうぞ お好きに」と言った。

さすがに私は『言いすぎた。トサンの心を傷つけた』と思って真剣に謝った。

寝る支度をして「二階へ上がるよ」と言うと「気が向いたら上がるよ」と。「そう。明日精神科受診だから連れてってね」と言った。

トサンは二階へ上がりそうもなかった。それから又一喧嘩あって、トサンも二階へ上がって 又喧嘩。

私は寝入って2時間したら目が覚めた。それからずっと眠れなかった。6時頃 小1時間ほど寝たろうか。

トサンに「今日は先生に隣のこと話すよ」と言ったけど『やっぱり薬だけもらって終わりにしよう。先生が聞くことだけに答えればいい』と思った。

精神科の待合席には穏やかな空気が流れていた。私は待っている間に「なんか、話してみようかなあ」という気になった。

私の順番がきて診察室に入って隣とのことをかいつまんで話した。そして
「うちの出す音には敏感だけど 自分たちの出す騒音には無頓着だということに気づきました。やっと最近分かりました。ヘルパーが入っているのだから近隣への配慮って普通ですよね?」と言ったら 先生が頷いてくださった。
「非常識だから 教育して指導しないと」と私は言った。

先生が薬を増やすか 眠れない時の頓服薬を出すか 提案してくださった。「薬を増やせば眠れるってものでもないし それまではよく眠れていた」と言ったら 状況が変わるのを ひとまず待つことになった。

家へ帰って お昼を作り トサンは食べている間 終始 無言だった。
「あなた 昨日『ゴミだよ、って俺言わないだろ?たいてい おまえが気が付いてやるけど おまえが気が付かない時は俺がやるだろ?』って言ったよね。あたしだって あなたのそばまで行って『お昼できたわよ』って言ってるのよ。大きな声で『お昼で来たわよ〜』って言って大喧嘩になったじゃない。覚えてる?」と言っても 終始 無言だった。

「なんで黙ってるの?」と言ったら
「俺が何か言うと おまえは『責められてる』と言うから何も言わないんだ」とトサンが言った。

トサンは「ごちそうさん」と言って廊下へ行ってしまった。

「ねえ。ねえ」
「なんだよ」
「私 精神的な支え が欲しいの」
「民間のヘルパーでもなんでも入れろ」
「介護保険じゃ駄目なの?」
「介護保険でもいいよ」
「あなた包括センターの人が介護保険入れようとしたとき私に『入れるな」と言ったじゃない」
「あれは おまえが『入れないと決めた』と言ったんじゃないか」
「そうだけど、あなたも『入れるな』と言ったじゃない。私は自分でやりたいほうなの。料理でも掃除でも」
「じゃあ、話し相手でも何でもいいから入れればいいじゃないか」

トサンに相談すると お互いに責め合うようになって 話し合いができないと思っていたけれど 落ち着いて話すと トサンもしっかりと答えてくれるんだなあ、と思った。
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隣の奥さんが ヘルパーを入れる 道を選んだのだから 近隣への配慮を最優先にするべきだ

2019/03/08 17:31
トサンと二人でバスと電車を乗り継いで総合スーパーへ行った。
隣のことも考えず 宙に浮いたような 楽な気分で
つかの間の 気分転換を楽しんだ。

隣へ来るヘルパーの存在も気にすることなく
隣の奥さんの低い どすの効いた 大きな声に 怯えることもなく
魂の休日だった。

隣が静かにしていてくれたら どんなに気が休まることか。

今まで16年間 ヘルパーが入っていて
近隣への配慮なんて 少しもしてくれなかった。
やりたい放題。傍若無人。ヘルパーと大笑いして
自分たちさえ 良ければいい という態度。

ここは静かな住宅街。よそのお宅へも1か月に1回も来客がない 。
隣は 毎週 月・水・金・土 お祭り騒ぎだった。

市役所に電話しても 保健所に電話しても ヘルパーの事業所に電話しても みんな隣の味方。私の言うことを取り合ってはくれなかった。
どんなに苦しかったか。
苦しかったから「隣へ ヘルパーを入れてくれるのをやめてくれ」と言った。
私が言ったことは 県の基本的な決まり事にも違反していなかった。
それでも市役所や保健所は自分たちの正当化を計った。

しかし一度は是正されたのだから 私はそれに文句を言うつもりはない。

しかし又再び隣へ ヘルパーが入るようになった。
私は それに対して 問う つもりはない。
隣の奥さんが 低い どすの効いた 大きな声で 話すので
「ヘルパーを入れるのを やめてください」と言ってしまうのだ。

「ヘルパーを入れる」という道を選んだのは隣の奥さん。
隣の奥さんが「ヘルパーを入れる」道を選んだのなら
以前の自分の態度を改めて
近隣への配慮を最優先にするべき。

隣の奥さんは うちの音には物凄く敏感である。
「玄関ドアの閉まる音がうるさい」と苦情を言われた。
玄関ドアはリフォームした。

隣の奥さんが うちの音に物凄く敏感なので
玄関先ではトサンと話さないようにしていたのだが
つい、うっかりってことも あるじゃないですか。
小声で話したのだけれど
すぐに隣の奥さんは人を呼んで文句を言っていた。
何かあると隣の奥さんは すぐに人を呼ぶ。

それから気を付けて玄関先では話さないようにしている。
駐車場では もちろん 絶対に話さない。

隣の奥さんは うちが出す音には敏感だけれど
自分たちが出す騒音には無頓着だ。
それでは いけない。

ここは静かな住宅街。

隣の奥さんが「ヘルパーを入れる」という道を選んだのなら
近隣への配慮を最優先にするべき。

低い どすの効いた 大きな声で話してはいけない。


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皆 等しく 尊重されてよい 存在です

2019/03/06 08:53
隣に再びヘルパーが入るようになったと感じていたが『話し声も聞こえない
し、気にしないでやっていきましょう』と思っていた。

2か月くらい前のことだったかなあ。
初詣から帰った時、隣からヘルパーの声が聞こえた。
大きな声だった。

私はショックを受けて
午後 散歩して気分転換した。
帰宅すると 今度は別のヘルパーと話す声が聞こえた。
ダブルパンチで私は調子を崩した。

別の近所の人のところへ話を聞いてもらいに行った。

16年前 隣と悶着になったとき
民生委員に電話したのだけれど
民生委員は 聞く耳持たず で

「(身体)障がい者がいて何かあなたに迷惑かけてますか!引っ越す?!!」

と それはそれは ひどく強い語気で 婉曲に 私に
「引っ越せ!」
と言った。
私はそれから16年苦しんだ。

隣との悶着の理由は他にあったのだけれど
民生委員は私に言う暇を与えなかった。

「隣の奥さんは自分の話はするけど、私の話は聞かないので、私が寝込ん
でいたことも知らないのよ」
と言ったら 近所のその人が「ああ」と言った。
私のことを「かわいそう」と言った。

私は「みんな事情があるじゃない? うちも主人があれだし私もそうだし どの
家も何か問題抱えているわけで 隣は重いかもしれないけど うち
は隣に (身体)障がい者がいようがいまいが関係ない という風にしない
と私が病気になる」と私が言ったら その人も「病気になる」と私に唱和
してくれた。

その人は私が精神科へ通院していることは知っているのだけれど
「大丈夫?うつ病とかにならない?」と聞いてくれた。
「だいじょうぶ・・・。主人がいるから」と その時はそう答えた。



ずっと隣との悶着や 民生委員から受けた仕打ち 市役所の無理解 を一人で抱え
込んで苦しんできた。たまにネットで相談したりして やっとどうにか日々
を暮らしていた。そのころ精神科の先生とは相性が悪かったし、他の科でお薬だけもらっていた期間も長かったので 他に相談する人がいなかった。


トサンには 「おまえがゴチャゴチャ言うと 俺は会社に行かないぞ」と日ごろ
から言われていたし トサンは会社で監督をしていて 人の命を預かる仕事
をしていたので トサンには 一言も言わずに家を守っていた。


隣はヘルパーを味方につけて 大騒ぎしていた。民生委員 市役所 ヘルパー
包括センター みんな隣の味方だった。


私は一人で孤独に耐えていた。歩けなくて 二階へも上がれなくて 一階の居間
に万年床を敷いて寝ていた。


(身体)障がい者は もう家にはいない。施設へ行ったようだ。それでもヘルパー
が入る。公的援助が入ると 隣の奥さんはそれに力を得て 強気になる。何故今でも隣にヘルパーが入るか それはプライバシーの侵害になるので 詳しく書けないけど ヘルパーが入るのなら入ったでいいでしょ、と百歩ゆずって考えたとしても 又隣が大騒ぎするようになったり 傍若無人にふるまうことだけはやめてほしい。

民生委員や市役所やヘルパーに 頭を押さえつけられて ずっと貶められた牢獄にいるような感覚だった。だから今でもヘルパーやヘルパーの車に圧力や圧迫感を感じるし、だからヘルパーの入る午前中の時間帯は家の外に一歩も出ないようにしている。ヘルパーの気配を感じたくないし、話し声も聞きたくないからだ。とにかく圧力と圧迫感を感じる。隣の奥さんも強気になる。午前中のヘルパーの入る時間帯は家から一歩も出ない工夫をしているのだから、午後は散歩や買い物に行くので、家へ呼ばないで他で話すなどの工夫をしてほしい。

隣の奥さんは自分の話はするが人の話は聞かない人で 取り決めをしたとしても その約束が守れない。他人への気遣いとか思いやりとか全くない。自己主張しかない。

隣には静かにしてもらいたい。長い間貶められた牢獄に閉じ込められたような状態だった。少し歩けるようになったとは言え まだPTSDの状態から脱してはいない。

市役所は「理解してください」の一点張り。保健所は私の薬を増やして押さえつけようとする。そういうことではなく、全ての人が健全に暮らせるようにしてほしい。

「障がいのある人も ない人も」健全に暮らせるような街づくりを目指しているようなことが書かれた紙が回覧板で回ってきたけど その「障がいのある人」の言葉の中に「精神障がい者」が入ってますか?身体障がい者のことだけを意味してはいませんでしたか?

身体障がい者は一目見れば分かる人がほとんどです。精神的に病んでいる人は一目では分からない人がほとんどです。

身体障がい者を大切に思うあまりに 精神的に病む人を 作ってはいませんか?

皆等しく尊重されて良い人たちです。ある人を大切に思うあまりに他の人を見下げたり、頭から押さえつけたりしてはいけないのです。
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苦しくなるような こと はしない

2019/03/05 07:41
近所の旦那さんが二人 こちらを見て にやけていた。

『私のこと笑ってるんだ』と思った。

『笑われても平気。私は私の暮らしをしていくわ』と思った。

そういえば 仲たがいした近所の奥さんが道を通るときも

含み笑いしてたような気がする。


一周回って 私も笑った。

トサンが

>なんだ。なんか いいことあったのか。

と言ったけど 私は笑ってごまかした。


仲たがいしたとはいえ

私もここに住んで22年。

礼も尽くしてきた。

みなさん、私のことを、憎からず、と思っていてくださるに違いない。


でも、もう

あまり おしゃべりすることはないかもしれない。

だって近所の奥さんは

私からもらった「思いやり」を

隣にあげちゃうんだもの。

そうして私が見下げられるのだもの。

そういう人間関係の構図になっているのだもの。


自分が苦しくなるようなことはしない。



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非常識に非常識で対抗しても勝ち目はない

2019/03/02 23:24
散歩に出るとき

隣の奥さんの大きな声が聞こえた。

ヘルパーと話していたらしい。

ヘルパーは午前も来たはずなのに

又違うヘルパーが午後来ていたようだ。


隣はすぐに人を呼ぶ。

何かあるとすぐに人を呼ぶ。


私は縁もゆかりもない土地で暮らしているので

呼んでも 誰も来てくれない。


今回私が調子を崩したのは

隣の奥さんの大きな声が原因だった。


それまでは良く眠れていたし

問題は解決した、と思っていた。


過去に

私が玄関ドアをパタンと閉めたら

うっせえな!

と言われたことがある。

気性の激しい人だ。


隣が うちの 音を気にするので

私も隣の音が気になるようになっていった。


ヘルパーが入りだして

物凄く大きな声で笑ったり しゃべったりしていた。

旦那が奇声を上げていたこともあった。

隣は うちの 音には敏感なのに

自分たちが発する声や音には無頓着なんだと

やっと気づいた。

私は対抗して大きな声で話したりしていた。

非常識に非常識で対抗しても勝ち目はない、とやっと気づいた。

自分勝手な人たちなんだ。


>隣が大きな音を立てても 私たちは静かに暮らして行きましょうね

と トサン と話し合った。


今 隣は 夫婦二人だけの生活なのに

それでもヘルパーが入る。

プライバシーの侵害になるので 詳しいことは書けないけれど

謎です。


以前 市役所は

>理解してください。我慢してください。

と言ったけど

ここは閑静な住宅街。

よそのお宅へも1か月に1回も来客はない。

隣へは 月・水・金・土 必ず ヘルパーが入った。

その騒音たるや 大迷惑だった。

>市役所の人 隣に住んでみてください。どんなに迷惑か。

と 言いたいくらいだった。


隣は公的な援助に力を得て強くなる。

それに負けてしまう私がいた。

「隣に負けた」と私は泣いていた。

公的機関も全て隣の味方である。

私はどうしたら良いのか。

関わらないこと。自分勝手な人には自分勝手にさせておくこと。

それが一番いいと思った。


そして日記を書くことで

自分を見失わないようにしていきたい。


本当は静かな環境で暮らしていきたいけれど

隣が騒音を立てても 私たちが静かに暮らしていくことで

どっちが勝ったとか負けたとか

なくなるんじゃないかな。


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障がい者の福祉への警鐘

2019/03/01 09:29
最近 仲たがいした 近所の人が道を通るのが 見えた。


立てて 気遣かって 思いやって

長い間 良い関係を 続けてきた と思っていた。


ある日 突然 マウンティング された。

ものすごい マウンティング だった。


気遣かい の 私の心の作業に 気づかれなかったのかな。

何気なく さりげなく やっていたからね。

気遣かいが いつの間にか 「当たり前」 になり

そして 「もっと欲しい」 と思われたのかな?


それも 隣がらみ だった。


身体障がい者の福祉に 一生懸命に なるあまり

他の人を 見下げることが あってはならない と思う。


長い間 私が受けてきた体験 からの

警鐘 です。

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眠れなかった夜

2019/03/01 08:49
苦しくて 眠れなかった夜 

カウンセラーに電話して


>テレビで「いい事してる感が嫌ですね」とか

>「いい事って隠れてやりたいじゃない?」とか

>見たんですけど

>表だって「いい事してる」「いい事してます」と思っている人の裏で

>犠牲になっている人がいては

>いけないと思うんですよね

>そのー 障がい者の

と話した。


>じゃあ 今日は 体を安める感じで 横になって

と優しく言ってくれた。


その夜は 横になって 体を安めた。



私も身体障がい者の福祉の裏で

長い間 犠牲になっていた人の一人だった。





それは もう 過ぎた事。過去の事。

恨みは ない。





2月26日

心の支え

色んな事があった。

色んな所へ電話した。

心の支えとして日記を書くことにした。

私が調子を崩すとトサンとの関係まで おかしくなる。

この家が崩壊する。

散歩へ行って 泣いた。




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